従来のサークルにないものをもとめて…「Feel-Do」設立

<1997年5月17日>
 日本大学放送部の参加が有志であり、放送部の活動のひとつと加えることができなかったため、この集まりに名前をつけた。
 名前は、「Feel-Do」(ふぃーるど)。
 英語の“感じる”の“Feel”と“…をする”の“Do”の合成語。「ひとつひとつの活動、行動に意味をもとう。」そして、ここに集まるメンバーが持つそれぞれの活動領域、つまり「“フィールド”を結集し、何か新しいものを創造していこう」という意味をこめた。
 この名前は、メインスタッフであった牧と中島がスタートに向けた打ち合わせを重ねるある日、牧の自宅で2〜3時間かけて「あーでもない」「こーでもない」と考えたもの。こうして生まれた名前が“仮名”としてサークル“Feel-Do”がここから動き出した。このころ、当時使用していた“Feel-Do”のロゴもこの時作成された。(しかし、このロゴはもう残っていない) 

<1997年5月22日>
 仮につけられた“Feel-Do”の名前を放送部のスタッフに配布する文書の中に折り込む。スタッフも制作セクションと運営セクションをつくり、番組制作へ向け本格的に動き始めた時だった。 

<1997年5月下旬>
 “放送部の有志サークル”の中で数を重ねていた制作会議に少しづつ支障がおきはじめた。
 日本大学の枠は日本大学放送部の制作であるはずだが、その内実が“有志”ということを取っていたため、そこに問題が生じた。
 当時、放送部では大きく2つの活動があった。大学から予算を獲得し所有していた放送機材を体育会・文化会各部に貸し出し、学内でのプレイベントや富桜祭などでPA活動を行なうこと。
 もうひとつは、校内放送機器を利用しての昼の放送。いわゆる“昼放”。FMラジオ番組を模して行なうこの活動は、前者のPA活動が各部・団体からの依頼を受ければ無条件に行なうのと違って、“昼放”は全くの有志の集まりで、各自でグループを作り制作をしていた。この“Feel-Do”も当初はその“昼放”のひとつという位置付けだった。
 日本大学放送部をすでに引退(この部の正式な“引退”時期は、3年次の学園祭(11月)終了後)していたが、この番組でのメインとなった中島・牧の2人が当時3年以下の現役部員に声を掛けると“昼放”のひとつという域を越えるほどの人数が集まった。番組制作には申し分のない人数でのスタートだったが、放送部の有志も部全体を左右するほどの人数が集まると、制作のスタンスのコンセンサスを取っていくのに“ズレ”が生じ始めていた。
 “ウォータービジョン21”の頃からコミュニティーFMでの番組制作への思いが強かった4年生の中島と牧。2人はこの時期の就職活動を少々抑えてこの番組の立上げにある種の使命を感じていた。一方、声を掛けられ参加した3年以下の現役メンバーは、「学内だけでない。公の電波にのる放送っておもしろそう」軽い気持ちだった。会議の中で、中島と牧の思いの強さに、現役メンバーは少しづつ引き気味になっていった。そんなときに起きた“事件”だった。
  打ち合わせを重ねたある日、当時の放送部の部長(3年生)が、「現役メンバー全員の撤退」を通告してきた。つまり、「我々が持つ本来の(放送部の)活動に支障を来たすような参画はできない」ということだった。「撤退」が後戻りできないことが確実になり、そして現役部員が全員制作スタッフから去って行った。放送まであと10日という日の出来事であった。
 富桜祭"N-WAVE"での古長谷と中島との出会いから1年半。せっかく獲得したチャンス。これを「いいスタートで切りたい」と中島と牧が走りすぎたひとつの結果でもあった。
 「若者向けに情報発信する核をつくる」という古長谷・松富の2人が意図していた方向性を考えると、今となれば“放送部の1番組“というスタイルは、ある意味統率が取りにくい形態であったため、結果的にはこの“事件”は、後に学外サークルへの拡大をかなえることができたが、当時は一度設けた枠さえもその危機にさらされたのであった。

<1997年6月1日>
 日曜日、午前7時。ボイス・キュー開局。FM Haro(浜松市)、FMマリンパル(清水市)につづく、静岡県内3番目のコミュニティーFM局となる。
 キャンパスクラブ日本大学枠の放送日まで、あと1週間。サークルは日本大学4年の中島・牧の2人で、「VOICE CUE CHEER CLUB Feel-Do」(ふぃーるど)を静かに設立。そして古長谷・松富がそれに参画するという形を取った。
 番組については、なかなかよいアイデアが出ない。どこから手をつけてよいかわからなかった。録音というスタイルであること。2人の制作で多くの“声”を載せる事が出来ないこと。第1回の番組は、「某FM局で、毎週土曜日夕方に放送されている『SATURDAY WAITING BAR AVANTI』を模した番組をとりあえずつくってみよう」ということになった。
 番組名は、「ボイス・キュー キャンパスクラブ Gathers'Bar “Feel-Do”。“Gather's”には、「この番組に人があつまる」という意味をこめた。
 収録は、ボイス・キューのBスタジオ(編集スタジオ)を借りての収録。しかし、番組方向性が定かではなかった為、収録に多くの時間を要したため、ボイス・キューに遠慮してしまい、ボイス・キューでの収録はそれ以降離れてしまう。