<1997年7月中旬>
当時日本大学3年の宮谷聡彦・高尾ゆきの2人が合流。高尾は合流早々、前回の放送を悪評していた。
<1997年8月9日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第3回放送。前回の内容の反論をこめて、「男って…」というテーマで、女性数名によるフリートークの収録まで進めていたが、前回散々内輪ネタだったという反省が頭にあり、同じ路線を行きかねないと、制作途中でボツになる。毎回、番組のスタイルが落ち着かない時期。第3回放送からナビゲーダー方式をとる。
コーナー構成は、「げすととーく ナイトカクテル」ゲストインタビューコーナー/「クイズ!どのときのオト?」クイズ形式で、ある効果音のオトを当てる/「心の集い」 '人生は後ろ向きに生きるんだ' を宗教教祖風に語るコーナー/「ア・ニューアル・スタイルズ」
バンド紹介コーナー、の4コーナーと、CM(もちろんスポンサーではないが)という位置づけで、「としなりにいさんの きょうからつかえる まめちしき」
アウト・ローな知識を幼児番組風に伝授する/「超淫乱語講座」日本語だと放送禁止になる単語を外国語で発音し、伝授しようというコーナー/「ミドリ予報」この後、起こる奇妙なことを予報する(予報を実現するために、放送後、着ぐるみに着替え繁華街に出かけるというウラもあったが…)/「Theくばラン」久芳 仁のネタコーナー。
この頃、「スタッフ」は「制作者」というより、「'ネタ'の発信者」であった。そのため、これからしばらく番組内容を考えるより、 “ネタ”を考える時期が続く。
<1997年9月6日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第4回放送。
<1997年10月4日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第5回放送。この回から数回、番組収録場所に苦慮することが続く。
<1997年11月2日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第6回放送。ボイス・キューの10月改編に伴い、放送日を日曜日の午後7時からの放送に移動。
<1997年11月30日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第7回放送。
<1997年12月28日>
「Gathers'Bar "Feel-Do"」第8回放送。この回から'Feel-Do'に変化が・・・。まず'ウォータービジョン21'の松浦局長にお願いして、収録場所として清水町の長沢郵便局2階にある'ポスタルサロン'を無償で貸していただけることになる。これで、10月から苦慮していた収録場所に一応の決着がつく。
<1998年1月25日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第9回放送。
<1998年2月22日>
「Gathers'Bar “Feel-Do”」第10回放送。
<1998年3月25日>
番組の基礎を築き、その後のスタッフ集めにも奔走した中島と牧、そして久芳の3名が日本大学を卒業。